雑記
チェンマイに関すること以外にも、タイや他の国々のこと、想い出等々を思いつくままに綴っていきます。
プルメリア(2021年9月3日)
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カテゴリー:チェンマイ
時期:暑季~雨季
場所:チェンマイ
プルメリア(ลั่นทม、ラントーム)はチェンマイの街中でも普通に咲く花の中で一番好きな花です。白い花も好きですし、葉脈がきれいな細長い葉も好きです。残念ながらチェンマイ県の県花ではありません(県花はハナモツヤクノキ、ทองกวาว、トーン・クワーオ)。しかしプルメリアはマハーサーラカーム県では県花、隣国ラオスではなんと国花です。
意外なことに中南米原産の花で樹液には毒性があるそうです。また隣国マレーシアやフィリピン、インドネシアでは墓地に植える木だそうで、インドネシアのお化け「ポンティアナック」はプルメリアの香りがするそうです。大好きな花ですが意外な側面もあるのですね。
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最近の雑記
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2021年9月2日
月餅のシーズン到来
今年も月餅のシーズンになりましたね。今年の中秋節は9月21日です。中秋節の食べ物と言えば月餅ですね。S&Pでは多くの種類の月餅が売られていますが、日本の月餅よりやや大きめです。今年は黒ゴマあん、ナツメヤシあん、ナッツとフルーツあんの3種類を買いました。まだ黒ゴマあんのものしか食べていませんが、これは日本の月餅に近いお味です。他にもドリアンあんや抹茶あん、玉子入りのものなどいろいろ売られています。
日本では十五夜と呼ぶのが普通ですが、中秋の名月とも言いますね。日本にも月餅はあるのに、月餅ではなく団子を食べる習慣になっています。もっとも今時十五夜に団子食べる日本人は少ないのでは?と思います。十五夜の風習自体がかなりすたれていると思います。私は子供の頃、十五夜の団子は母の手作りでしたが、不味いので嫌いでした。
韓国ではチュソク(추석、秋夕)と呼びます。秋夕の食べ物はソンピョン(송편、松餅))という餅菓子だそうです。ヨモギ餅を松の葉と一緒に蒸したものだそうです。
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2021年9月1日
タイ語名のメリット
生まれてから半分以上の期間タイ語名を使っています。当初はニックネームとして下の名前のみタイ語名を使っていたのですが、今では姓名ともにタイ語名が戸籍上の本名です。日本語の元姓名は大嫌いでしたが、今のタイ語の姓名は大好きです。姓をくれた妻と名付け親になってくれた元カノに感謝です。
アメリカにいた頃はまだ日本語名でしたが、アメリカ人からはなかなか覚えてもらえませんでした。覚えるのは無理だから「水炊き」と呼ぶなどと言われたこともあります。鶏が苦手な私に「水炊き」とはとんでもない話です。というか、なぜ「水炊き」なんてマイナーな料理名を知っていたのでしょう。
日本にいた頃、電話でタイ語の姓を名乗ると誰も繰り返すことができず、何度も聞き返されていました。知らない日本人と電話で話すととても面倒です。
タイではタイ人からはすぐに名前を憶えていただけます。先日も2度目に入ったお店ですでに名前を憶えていただいていました。空港、ホテル、イミグレ、銀行などでの手続きでパスポートを出すと「タイ語名なのですね!」とニコニコされ、雑談になることがよくあります。「タイ語名にしてくれて、ありがとう」と言われたこともあります。タイ語名に変更して本当によかったです。

2021年8月31日
初めて乗った航空機
エアー・サイアム
16歳の時、今はなき「エアー・サイアム」の羽田/ホノルル線搭乗が初めてでした。ホノルルでは「コンチネンタル」のホノルル/ロサンゼルス線に乗り継ぎで、ホノルル空港から出ることはありませんでした。一人旅で、初海外、航空機に乗るのも初めてで何も知らずで新鮮でした。帰りのチケットは1年オープンで予約はしていませんでしたし、ホテルの予約もしていませんでした。出発便以外はすべて未定で行き当たりばったりでした。
タラップ
バスで航空機まで行き、タラップを使っての搭乗でした。当時の羽田はそんなものでした。
でかい!
B747で、新幹線を広くしたような?という印象でした。3-4-3の横10列、奥行きも70m以上あるので、予想以上に大きく感じました。座席は窓側で、窓が小さい!と驚きました。
トイレが狭い
機体の大きさに比べてトイレは狭く、しかも時間が経つと流す水は循環させていたので黄色くなって臭い!今の飛行機では狭さは相変わらずですが、水の問題は解決されましたね。バキューム式に変わったころはトイレの座席カバーが「O」字型で、座ったまま水を流すとお尻が抜けなくなる人が続出したとか。その後「U」字型に変えて解決したそうです。
日本語がない
タイの航空会社ですから、日本語の表示はないのはもちろん当たり前、機内放送もタイ語と英語のみでした。現在の日本絡みの国際線では日本語の機内放送や日本人もしくは日本語を話すCAがいるのが当たり前になりましたね。
もう飛んでいる?
夜の出発でしたので、ゲートを離れてから滑走路に向かうまで、ほとんど外の状況は見えませんでした。もう飛んでいる?と思っていたら突然の轟音とスピード、そして急上昇に「うわっ!」と思いました(その後、妻が初めて航空機に乗った際に全く同じ事を言っていました)。ホノルル到着までずっと乱気流がひどく、飛行機が揺れる、急降下を繰り返していたので、マジで落ちるかと思いまいした。私にとって初めての航空機は「ジェット・コースター」でした。巡行中のエンジン音もかなり大きかったですが、現在の航空機では改善されてきていると思います。
機内食の量が多くて美味しい!
機内食が出るとは知りませんでした(笑)。機内食が配れれ始めると、私は当時はしりだった格安航空券を購入したので「機内食の予約はしていないし、もらえないかな?私は有料になるのかな?」などと思いました。確かに当時はアルコール類は有料でしたが、機内食は分厚いステーキをいただくことができました。グレイビーもさすがタイの航空会社、ピリ辛でとても美味しかったです。機内食の量も今と違って多かったです。到着前には朝食も出ました。ホノルルで乗り継いだアメリカの「コンチネンタル航空」の国内線でも機内食が2度出ましたが、やはりステーキで量が多くうんざりしました。なによりタイの「エアー・サイアム」に比べて極端に不味い!のに閉口しました。
タバコを吸える
当時はまだ喫煙席がありました。禁煙のサインが消えると一斉に煙が上がる、シートベルト着用のサインが消えると一斉にガチャガチャとはずす音がするなど異様な光景でしたね。現在は常時禁煙、シートベルト着用です。
映画は1本
オンディマンドではなかったので、1本1回のみの洋画でした(羽田・成田/ロサンゼルス線は2本続けての上映でした)。イヤフォンは有料でした。
機内販売はカートで
まるで日本の長距離列車のようでした。タバコやアルコール類が多かったですね。今では機内でも日本の列車内でもそんな光景は見られなくなりました。昔のシンガポール航空は特に機内販売に力を入れていましたが、現在はどうなったのでしょうか。
到着前に殺虫剤散布
当時の国際線は到着前に殺虫剤の散布がありました。地中海ミバエや蚊などの対策だったのでしょうが、効果がないということでなくなりましたね。
