雑記
チェンマイに関すること以外にも、タイや他の国々のこと、想い出等々を思いつくままに綴っていきます。
両親どちらに似ているか(2021年6月14日)

カテゴリー:その他
時期:ーー
場所:ーー
友人たちは親のどちらかに似ている場合が多いと思います。あまりにもそっくりで大笑いしたこともしばしばあります。兄弟姉妹同士も似ている場合が多いですね。
私はどちらにも似ていません。血液型もありえない型ですが、再検査は断固拒否されました(^^;)
姉もどちらにも似ていませんが、血液型は両親との血縁関係はありの型です(*^^*)
姉と私は似ていません。血液型はありうる型です。
幼稚園の頃、母親が「木の下で私を拾って来た」と言っていました!(^^)!
妻の実家でどちらに似ているかという話になったことがあります。
弟は父親似だそうです。もう亡くなっていたので写真しか見たことはありません。
妻の母曰く、妻は「隣のおじさん似」だそうです(^^;)
最近の雑記
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2021年6月13日
チャルトック・パイ(찰떡파이)
韓国のロッテ(롯데)のお菓子でお餅入りのチョコパイです。求肥に近いお餅をチョコレートで包んでいます。箱にはお餅をつく絵が描かれ、中には個別包装のチャルトック・パイが6枚入っています。ニマンヘミン・ソイ9の「Bora
Korean Mart」(보라마트)で購入できます。
ロッテは日本発の会社ですが、在日韓国人の重光武雄(辛格浩、신격호)さんが創業した会社ですね。韓国ではお菓子の他にやはりプロ野球チームもあり、遊園地や高級ホテルも展開しています。辛ラーメンで有名なノンシム(農心、농심)は弟さんが韓国で創業した会社で、アメリカ時代にこの会社のインスタント・ラーメンにはまりました。
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2021年6月12日
キーボード
キーボードをたたくようになってから44年になります。当初からブラインド・タッチを習得しました。
最初は英文タイプの学校に通い、手動英文タイプライター(基本的に配列はPCと同じ)から始めました。クラスは若い女性ばかりで、私は黒一点でした。プロのタイピストになれる検定レベル(1分間に間違いなしで200文字以上手動で印字、1か所間違えたりかすれたりすることに10文字だったか減点)までいきましたが、公的検定は受検しませんでした。タイピストになることが目的ではなく、個人的な英文文書作成のためだったからです。家では電動タイプライターを使用していました。大学時代の英文レポートはもちろんタイプして提出していました。
その後ワープロ(PCではない)が登場し、早速買いました。キーボード排列は英文タイプライターと同じだったので、買ったその日から使いこなすことができました。ローマ字入力で、かな入力はできません。私の場合は英文をタイプすることが多かったので、あえてかな入力は習得しませんでした。英文を打つことがない場合はかな入力の方がよいのかもしれませんね。発売当初のワープロはディスプレイが数文字分、辞書に登録された単語も少なく、しかも第一水準の文字しかない、更に本体にはA4で半分程度しか記憶する能力しがなく、フロッピーさえ使えない使いづらいものでした。就職前にワープロ・オペレーターの仕事に応募し合格しましたが、他の仕事が入ったので辞退しました。就職した際、私の職場でワープロを使うのは私以外では1人だけ、指一本で打っていました。私がワープロで入力しているとよく人が集まりました。当時はブラインド・タッチは信じられない光景だったようです。他人の手書き文書の入力まで私に回って来たのは困ったものでした。
PCを初めて購入したのは「Windows 98」と遅かったです。PCもインターネットや文書入力などは問題ありませんでしたが、ワープロと違い様々なソフトがあるのが違いました。しかしブラインドで打てるのはやはり楽でした。今年に入ってから一時腱鞘炎になりましたが、今は回復して楽に入力できるようになりました。そんなキーボードですが、いずれ音声入力の変換効率が向上すると消えていくのでしょうか。キーボードなど打っていたら笑われそうな時代が来そうです。

2021年6月11日
ニックネーム
子供の頃は名前を省略したニックネームで呼ばれることが多かったのですが、他にもいろいろありました。
「ゴボウ」
小学生の頃は背は高い方で痩せていたので「ゴボウ」と言われました。
「恐怖のYシャツ人間」
中学生の頃、詰襟が嫌で冬場もYシャツ1枚で登校していたので。下級生の女の子たちからは「Yシャツのせんぱ~い!」と声をかけられていました。
「瞬間湯沸かし器」
最初の高校で教員相手に完全にブチ切れて以来、時々こう呼ばれました。キレることは滅多にないことだったのですが。
「〇〇大の火〇正〇」
大学時代はこんな言われ方もしました。その他「無類の女好き」、同時に彼女が3人いた頃は「女の敵」などというのもありました。
「宇宙人」
団塊の世代からは「宇宙人」「新人類」などと言われていました。もちろん「何だ、旧人類!」と切り返していました。
「プーさん」
就職後太ってからはこう呼ばれることがよくありました。
「寝起きのキングコング」
妻からはよくこう言われました。
初訪タイ時にチェンマイ・プラザ・ホテルのフロントのスタッフの女性から付けられたタイ語のニックネームで呼ばれるのが日本でも普通となり、今ではそれが本名です!(^^)!
