雑記
チェンマイに関すること以外にも、タイや他の国々のこと、想い出等々を思いつくままに綴っていきます。
姓名判断(2020年10月15日)

カテゴリー:その他
時期:ーー
場所:日本
ごく普通の日本人の名前でしたが、母親が私の姓名判断をしたら女難の相があり4回結婚すると出たそうです。何でそんな名前を付けたのか・・・何ともひどい親です。ちなみに私は占いの類は一切信じません。
結婚は2度(日本人とタイ人)としましたが、その前に2度別の女性たち(日本人)と同棲し事実婚状態だったこともあるので、確かに4回結婚したとも言えるかもしれません。
幸い改姓・改名したので(?)5回目の結婚はなさそうですが、もしあるとしたら次は台湾人がいいです。改姓は妻の姓に合わせたので、難なくできました。改名した理由は姓名判断によるものなどではありませんでした。ごく普通の日本人の姓名でしたが、子供の頃からその姓名が嫌いだったからです。日本で改名手続きをするためには、新しい名前の使用実績の証明となる書類を複数種類、数年分家庭裁判所に提出する必要があるなど、何年もかかり面倒です。
妻も以前から姓名判断で改名したいと言っていましたが、昨年改名しました。タイでの改名は日本よりはるかに簡単です。チューレンは変わらずなので意味があるのかどうか・・・。
最近の雑記

2020年10月14日
東京オリンピック
1964年の東京オリンピックは幼稚園時の悪夢でした。母親に連れられ聖火リレーを見に行ったのですが、沿道で延々と待たされ、聖火が通ってもつまらず・・・疲れました。幼稚園では連日テレビで幼稚園児にはつまらない競技を延々と見せられ、外で遊びたいなぁと嘆いていました。夜寝てから母親に「三宅が金メダルを取った」と起こされ・・・迷惑です!幼稚園児にはやっかいな東京オリンピックでした。それがあってか、私はオリンピックにはあまり興味がありませんし、テレビで見ることもありません。ただタイ人がメダルを取るとうれしいです。
1988年のオリンピック開催地決定の時は・・・ソウルを応援していました。日本はもう東京でやったのだから、名古屋ではなくソウルでとの思いでした。特に韓国を応援していたわけではなく、他の都市でも同じ感覚でした。
2020年の東京オリンピック決定の時も同様の理由でイスタンブールを応援していました。それから東京で開催した場合の騒ぎも嫌でした。私の職場ではそれが一般的な感覚でした。今の状況では来年の開催も難しい気がしますが、さてどうなるでしょうか。

2020年10月13日
タイの病院
日本の病院では散々嫌な思いをしたので、まず行かなくなりました。10代半ばで、誤診と誤投薬で殺されかけたのが始まりで、以後あちこちの病院に行く度に嫌な思いをし続けました。態度が不遜、対応が遅い、診察がおざなりなど信頼できません。
タイ人の妻に持病があり、日本に来てから複数の大学病院で受診しましたが、どこも英語対応はできませんでした。ある大学病院などは女医から診療拒否されました。別の大学病院では明らかに精神状態が・・・の医師にあたり、病院を変えたこともあります。公立の大病院では受診中に毎回眠ってしまう医師がいて、そのためか午後一の予約なのに診察が夜になってしまうこともありました。街中のクリニックも、もちろん英語対応不可だったので妻一人では行けず苦慮していました。妻も日本の病院を信頼していません。
タイの病院で嫌な思いをしたことはありません。何かあった時は迷わず行っています。
初めて行ったタイの病院はメーホンソンの病院で、まだ移住前の旅行中に持病のぎっくり腰をやった時でした。日本の病院よりはるかに丁寧な診察があり、受付、看護師、医師もとても親切でした。受付から会計まですべて英語で事足りたことも驚きでした。

シーサンワーン病院(メーホンソン)
チェンマイではチェンマイラム病院とマハラート病院に行きました。チェンマイラム病院では内科、整形外科、皮膚科で受診しましたが、毎回受付から会計まで対応がとてもよいです。やはり英語で対応可なので助かります。マハラート病院は内科で受診しました。やはり英語対応可でした。若い女医さんが親切で、しかもすごい美人でした。

チェンマイラム病院
バンコクのバムルンラード病院はすばらしかったです。もちろん設備もスタッフの対応もよかったのですが、受付カウンターは日本語を始め多言語対応で分かれていることに驚きました。骨折や首のヘルニアなどで何度かお世話になりましたが、毎回とてもよかったです。

バムルンラード病院(バンコク)
バンコクの街中の皮膚科クリニックも的確で、トラートのホテルで虫に食われて数日間全身のかゆみが止まらなかったのですが、即日治癒しました。
