雑記

思いつくままの雑記です
チェンマイに関すること以外にも、タイや他の国々のこと、想い出等々を思いつくままに綴っていきます。

映画(2020年10月7日)

愛しのゴースト

カテゴリー:タイ映画
時期:幼稚園〜

場所:日本、タイ、アメリカ



初めて見に行った映画は幼稚園の時のアニメ「101匹わんちゃん」でした。おそらくディズニー映画だったのではと思います。日本以外で映画館に行ったことがある国は多くはありません。タイ、アメリカ、オーストラリア、UAE、カタールのみです。タイの映画館はレベルが高いです。

特に好きなのはタイ映画でジャンルを問わずに見ています。初めて見たタイ映画は1987年にNHKで放映された「プエンとパエン」(เพื่อน แพง、Puen-Paeng)という不倫・心中の映画でした。タイの映画館で初めて見たのは1999年の「ナンナーク」(นางนาก、Nan Nak)で当時のタイ映画興行記録を更新したホラー映画です。現在のタイ映画興行記録は2013年の「愛しのゴースト」(พี่มาก..พระโขนง、Pee Mak)はそのリメイク版で、タイ、日本の映画館、日本語版DVDでも見ました。訪タイの度に見に行くようになり、チェンマイに移住後は欠かさず見るようにしています。今年「Netflix Thailand」に加入し、チェンマイに来る前に見逃したタイ映画も見まくっています。

好きな女優はプローイ・ソンナリンさん(พลอย ศรนรินทร์ 、Ploy Sornarin)、ウッラサヤー・セパーバンさん(อุรัสยา เสปอร์บันด์、Urassaya Sperbund)、ちょっと古くはジージャー・ヤーニンさん(ญาณิน วิสมิตะนันทน์、Yanin Vismitananda)などです。俳優ではマム・ジョクモクさん(หม่ำ จ๊กมก、Mum Jokmok)やマリオ・マウラーさん(มาริโอ้ เมาเร่อ、Mario Maurer)のとぼけたキャラが好きです。

邦画では大人も楽しめるようなアニメが好きです。アニメの質はやはり日本が高いです。タイで公開される邦画の大半はアニメです。邦画を映画館に行って見ることはめったになく、テレビで放映される際に見ています。好きな女優は有村架純さんや上白石萌音さんなどです。俳優では木村拓哉さんや笹野高史さんのキャラが好きです。

洋画ではファンタジー系、SF系などが好きです。特に好きな女優・俳優はいません。アメリカに住んでいた頃はよく映画を見に行きました。印象に残ったのは当時最高の製作費で鳴り物入りで公開された「キングコング」が、2番館でほそぼそと公開された「スターウォーズ」にあっさりと負けて、1番館では「キングコング」から「スターウォーズ」に急遽切り替える所が続出して騒然となったことです。タイでも「アバター」、「スターウォーズ」、「ミッション・インポシブル」、「猿の惑星」などを見に行きました。今は基本的にはテレビで放映される際に見ることがある程度です。

韓国映画を見るようになったのは2019年12月からで、まだ多くはありません。チェンマイで上映される作品は質が高いです。まだ女優・俳優は知りませんが、「82年生まれ、キム・ジヨン」(82년생 김지영)主演のチョン・ユミさん(정유미、Jung Yu-mi)は素敵です。

最近の雑記

リペ島

2020年10月6日
初訪タイ

1986年で、10日ほど滞在し後は香港へ移動しました。アメリカで1年通った英語学校の教頭がとても親切なタイ人だったのでずっとタイに興味があり、9年越しの実現でした。その後77県全県・宿泊した街は123カ所になりましたが、タイに住むようになってからは増えていません。

当時はバンコクさえ大きな田舎街の風情で、初の高層ビルのバイヨーク1を建設中でした。バンコクに着いて最初に食べたのが「ヌア・パット・ピック」(牛肉の生唐辛子炒め)でした。この料理にはまったのですが、出すお店が少ないのが残念です。タイ米も世の中にこんなに美味しい米があったのか!と感激し、もちろん買って帰りました。成田の植物検疫で「タイ米ですか~?美味しいんですか?」と言われ、出したはいいが戻せないと応援を呼んで大騒ぎになりました。「次は勘弁してください」と言われましたが、もちろん毎回持ち帰っていました。その後日本でもタイ米が売られるようになってからは持ち帰ることはなくなりましたが。

初訪タイ時にはチェンマイにも来たのですが、これで人生設計が変わりました。空港の案内所で安くて快適なホテルを訪ねたのですが、薦められたのが当時できて間もない某ホテルでした。予算オーバーなのでダメダメと言ったのですが、大幅値引きの誘惑に負けてたまにはいいかと宿泊することにしました。チェックインの際の係の女性が・・・人生を変えてくれました。とても可愛い方で明るく笑顔が素敵でまさに一目惚れでしたが、突然無表情になり「誰かを同伴された場合は通常料金になります」と言われました。「誰も同伴したりはしない」と伝えると元の笑顔に戻りました。毎日外から戻ると「一人で暇でしょう?おしゃべりでもして行ったら?」と毎日話すことができました。チェックアウトの際に文通を申し込もうと思っていたのですが・・・逆に申し込まれました。翌年彼女は省庁の幹部候補生で入庁しバンコク勤務になりました。毎年タイに会いに来るようになり、二人とも結婚も考えていたのですが、8年間交際して自然消滅しました。彼女は仕事を辞めたくはなく、親を残して日本には行けないと考えていたことと、仕事を辞めてタイに来る勇気がなかったことネックでした。彼女が付けてくれたタイ語名は今では本名になっています。タイへの移住計画も実現できました。結局チェンマイに移住することになりましたが、彼女は今はどうしているのか・・・婚期を逃させたようで気がかりです。

飛行機

2020年10月5日
初海外

16歳の時に一人でアメリカに3ヵ月のつもりで行きましたが、1カ月半の滞在となりました。地球の歩き方もない時代でした。観光はどうでもよく、プチロングステイが目的でした。費用は出してやるからと言う親に頼るのが嫌で、中3からバイトをして費用を貯めました。中学の担任は黙認してくれましたが、高校の担任からは入学後間もなくバイトを辞めるよう強要されたので、退学届を丁重に進呈させていただきました。

パスポートと観光ビザを取得し両替を済ませてすぐに、当時はしりで一般への認知度はまだ低かった格安航空券を英字新聞の広告で見つけ、アパートの1室で営業している怪しげな旅行代理店で購入しました。アメリカ本土ならどこでもいいので明日の航空券をくださいと言って笑われ、結局1週間後のホノルル乗り継ぎロサンゼルス行きのチケットを購入しました。初めて乗った航空会社は今はなきタイのエアーサイアムでした。当時の紙ベースの航空券は出発時刻しか表示されていなかったので到着時間も知らず、ホノルル乗り継ぎだと気づいたのも出発前日でした。なんとも不親切な代理店でしたが、気にはしていませんでした。現地でアパートを探すつもりだったので、ホテル予約もなしで出発しました。親にも知らせずの家出でした(バレていて親が羽田に現れましたが)。

到着が後れ午後6時だったのでホテルで1泊し、翌日はアパート探しをしていい物件を見つけたのですが、観光ビザで滞在許可3ヵ月ではダメだと言われてしまいました。月極め格安ホテルがあるからそこに行ってごらんと紹介されました。1ヵ月60ドルとそのアパートより安く、3階建てでフロントなし(管理人室あり)、窓なし、エアコン・テレビ・冷蔵庫などはなし、バス・トイレが各階1つ、レストランなし、掃除は週1回でした。部屋にあったのは小さな洗面台、ベッド、壁際の小さなテーブルと椅子のみでした。古い建物で翌年には更地になっていましたが、航空券を買った旅行代理店とエアーサイアムも翌年潰れたのです。

映画館へよく行っていました。土地柄スペイン語字幕がつく映画館もありました。メキシコ料理初体験をしたのもこの時です。最初はコーン・トルティーヤやチリコンカルネの香りは口に合わなかったのですが、慣れると病みつきになりました。スペイン語を勉強しようと思ったのもこの時で、後に2度目の高校時代から大学時代にかけて勉強しましたが、結局ものにはなりませんでした。

帰りの航空券は1年オープンの予約なしで行ったので、1ヵ月経った頃に予約を入れようとしたのですが・・・4ヵ月先まで満席、滞在許可期間を超えてしまうという状況でした。エアーサイアムのオフィスのスタッフはタイ人でしたが、日本語を話す方でした。搭乗日指定なしでキャンセル待ちをして予約が入ったのが出発前日の夕方で、1ヵ月半で帰国することになりました。

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